February 08, 2009

いよいよ休肝日を検討すべきか。

Img_3423 痛風で通ってる病院の血液検査。「UA」というのが尿酸値なんだが5.2か、医者は「良好」というがオレからするとちょっと低すぎんだよねぇ。6台をたもちたい。
 いつぞやも書いたが尿酸は活性酸素への抵抗能力があるのだ。これで老けこむのを遅らせるとゆーネライだ。しかしまあ持病でこんなことをくわだてようというのは因果であるな。
Img_3424 むしろ医者に小言されたのはこっち、γ-GTP。う~ん前回は130台だったような。ちょっとづつ上がってきてるな。まだ心配するような数字じゃないと思うが(うちの職場の面々とくらべると)、なんとなく不安ではある。でも酒を止すとこんどはアタマの中身がおかしくなりそうだしなあ。悩むところである。

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June 29, 2008

疲労のエビデンス

本日の更新 : 針鼠活字/針鼠銀幕


 痛風のクスリ(ザイロリック)をもらいにいってる病院で、久しぶりに採血しての検査。会社の健康診断は、春は尿酸値をはからないので役にたたないのだ。
Tufu_1 この「UA」というのが尿酸値のことなんだけど、みごと、見きわめの線である「7」を切ってる。この1週間、ビールをちょっとひかえ、この日は朝から大量の水分を摂って何度もオシッコしただけのことはある。
Tufu_2 それより気になったのはこっち、γ-GTPがこれくらいあるのはご愛嬌。会社には4ケタの猛者もいる。モンダイは「CPK」のほうで、これは筋肉中の疲労度をしめす数値らしい。医者には肉体労働をやってらっしゃる方ですか? と訊かれた。まあ営業だから歩き廻ってるし半分肉体労働のようなもんだが。

 医者 「フム、それにしても高い数字です」
 オレ 「あ、東京マラソン走りました!」 これにはそばにいた看護婦もハッと息をのむ様子。
 医者 「ほう、それはいつのことですか?」
 オレ 「・・2月です」
 医者 「あ、カンケーないね」

 即答であったが、東京マラソンを走るような人間なら日ごろもランニングしててその疲労の蓄積かも、といった推理くらい働かんのか。ま、実際これっぽっちも練習してないんだが。すぐにどーこーなるまでの数字ではないらしいのでしばらく様子を見ましょう、となった。心配させやがる。
 しかし会費を払ってるのに最近まったくジムに行かないオレに嫁の目が冷たかったわけだが、この数値を見せて、オレは疲れてんだ、と堂々と言い訳できることになった。ヤブの医院だがたまには役にたつじゃないの。

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September 24, 2006

ドキュメント痛風発作'06夏

本日の体重 : 67.2kg

本日の更新 : 針鼠活字/針鼠銀幕

 いま思えば8月のおわりの火曜日に行った小出張がキッカケだった。移動が多いと事務所にいるときのようには水分を摂れない。トイレに行く機会も少ないし、そもそも不思議と尿意を覚えない。この日も日中まったくといっていいほどオシッコをしなかった。で、夜はビールを大量に摂取。
 翌水曜日はちょっとヘビーな打合せの後オツカレサンでやっぱ呑み。その夜、モーローとした頭でアレチョットアシガムズムズスルナと思った記憶がある。
 果たして木曜日の朝。痛い、痛いのである。右足の甲があきらかに痛風の痛みでうずいている。過去経験した最大級の痛みを「10」とすれば、それは7.5といったあたりだけど、ためしに廊下を歩いてみるとこれはムリ! 幸いその日はアポなど入ってなかったので会社を休ましてもらう。

 それにしてもクスリを呑んでるのに何ンでまた発作が。この1年まったく、兆候さえ、出なかったんで安心しきってたんだが。火曜日に尿の排泄が少なく尿酸が溜まっていたであろうこと。飲酒が続いたこと。ストレス等々、推測できる要因はいくらでもあるけど、それにしてもこの事実は、クスリを飲んでいても発作は起こり得るということを指しており、かなりショックだ。マラソン部などと調子に乗っている場合ではないではないか。

 さて、その木曜日から金土日月とお酒を口にしなかった。ワタシとして画期的なことである。効果はテキメンで、火曜日にはまったく痛みはなくなった。気疲れする会議のあった日でもあり、5日もの断酒を決行した自分へのごほうびの意味も含め呑みに行く。しかし万全を期してビールは避けておいた。
 水曜日。ン? ちょっと足に違和感が・・ オカシイナビールノマナカッタノニ・・ 今日は酒をひかえておくか。
 木曜日。昨日よりも違和感が増している気がする。いやこれは「痛み」というものではあるまいか。けれど本日は避けられない呑み会があるのだ。大丈夫、ビール飲まなきゃ。というわけで2次会までしこたま焼酎を飲む。
 金曜日。痛い! こりゃレベル「6」だ。でも今日は休むわけにいかないアポがある。足をひきづり気味に取引先へ。それにしてもなんちゅう湿気の多い日だ。足は痛むし汗でシャツが肌にはりつくし、おまけにこの日の仕事は散々な結果で、ストレス溜まりまくりで足の痛みは加速度的に激しくなっていった。

 以後、12日間の断酒を余儀なくされる。
 ヨメと焼肉を食べに行き、美味そうにビールを飲む彼女の横で、さびしくウーロン茶を口に運ぶ、などというたいへん貴重な経験をする。

 だんだん判ってきたが、痛風患者としてはクスリにダイエットをプラスしないと、やっぱりビールには対抗できないんだろう。このところ60kg台後半を維持してしまっている怠惰な身には、当然の末路なのか。しかし! マラソン部に加えて抗痛風発作というモチベーションが新たに加わったことは、むしろメデタイではないか。これを機にせっせと走り、プールに通うのだ!!

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August 31, 2005

痛風物語_14

◆ 薬が切れたので「I病院」にいく。ここは会社のそばにあって4月の発作以来通ってるトコだ。
◆ でも担当の医者がいまいち信用ならない。こちらはネットその他で痛風に関してはやたら耳年増になってるんで、医師の施す処方が適切か否かをある程度判断してしまえるわけだ。まああんまり知識をひけらかしても「専門家」たる医師としてはいい気持はしないだろうから、そこは自分を抑えなきゃならんが。で、最初にもらった薬が「ザイロリック」と「ユリノーム」ってやつで、この2種類を併せて服用すると尿酸が劇的に減ることをワタシは知っていた。それはいいんだけど医者は1日3回飲めと言う。こりゃいくらなんでも多いんじゃないか?
◆ 痛風というのは絶対値よりも相対性に反応し発作を起こす病気だ。尿酸をただ減らせばいいというものではなくてそれは徐々に行われなければならない。急激に値を落とすとかえって発作につながったりする。実際薬の服用をはじめて痛みが増したのを感じたので、1日1回にした。
◆ 前回病院に行った際、医者はワタシのこの「自己判断」を簡単に認め、採血して尿酸値を計ってみようと言った。で、今日薬をもらいに行ったついでにその値を教えてもらった。通常「7」以下が理想とされる尿酸値でワタシは4月に10.7などという記録をたたき出してたわけだが今回は ・・2.1・・。これは減りすぎである。
◆ 以前触れたように尿酸には悪い側面だけではなく加齢の原因となる活性酸素を抑制する働きなどもある。だからその数値が低すぎてもまた他の障害につながる可能性もあるわけだ。くだんの医者はこの結果をワタシに示しながら「最近疲れやすかったりしませんか?」と聞いた。「なに言っとんじゃボケェ! ワレは最初薬を1日3回飲めなんぞとぬかしよったんやぞォ! ワイの自己判断で1日1回にしてこの数字やンけ。 ワレのゆうとおりにしとったらどないなっとったんじゃ。尿酸値「無し」かい。「0.0」かい、ああ!? ワイの貴重な尿酸をかえしやがれこのドクサレドタマがぁ!!」と、言いたいのを必死にこらえ、「いや、それほど疲れとかは・・」などとごにょごにょコメントするワタシなのであった。
◆ けっきょく薬は「ザイロリック」のみを1日1回ということになった。実はこの選択も医者のたんなる「勘」でしかないことをワタシは知っている。細かい説明はメンドクサイので省くけど、これまで飲んでた「ザイロリック」と「ユリノーム」は同じ尿酸を減らす薬ではあってもその「減らし方」が異なる。だから、その個人がなぜ尿酸過多になるのかということを調べなければ、本当に効果を期待できる薬の選択はできないはずなのだ。もちろん今回そんな診断はしていない。ザイロリックが「ハズレ」であればまたあの発作地獄に落ちることになるかもしれぬ。ま、そん時はそん時だ! と、ワタシはもはやあきらめ気味である。
◆ その晩はもちろん痛飲した。なんたって尿酸値「2.1」だ。ちょっとやそっとの酒を飲んだからって発作なんぞ起こるべくもないのだ。それに「ハズレ」だったらもうすぐ飲めなくなるかもしれないしね・・

◆ ところで「愛ルケ」こと日経新聞朝の連載小説『愛の流刑地』がタイヘンなことになってる。主人公の愛人「冬香」が死んでしまったのだ。どうしてそんなことになったかはみなさんご自分で確認いただくとして、とにかくいまこの天然ボケ作家渡辺淳一の連載から目が離せない。
◆ 最近気づいたんだけど主人公「菊治」が冬香に呼びかける時、「ふゆか」とひらがな表記になる。こんなところに渡辺淳一の「萌え」センスを感じるのはワタシだけだろうか。(hedge)

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August 28, 2005

痛風物語_13

◆ このところ痛みがない。「疼き」みたいのも出なくなってこれは発作終了とみていいんじゃないか。
◆ それにしても永かった。約4ヶ月。やっと薬が継続的に効いてきたってことか。『痛風はビールを飲みながらでも治る!』の納光弘先生に感謝すべきだな。おかげで最近浴びるほど呑んでます。
◆ 以前、体質改善で発作を抑えようとして薬を避けてたのにはワケがあって、それは痛風の原因たる尿酸の持つ効果。ヒトを老化させる物質として「活性酸素」がそのひとつだけど、尿酸はこの活性酸素を減らす力があるらしい。実際痛風の人は意外に長生きという報告もある。
◆ つまり、痛風の薬をのむと尿酸値が劇的に下がって、この「対活性酸素」の効果がなくなってしまう。体質改善でぎりぎりの数値を保つことで、「痛風の発作も出ない」「そのうえ長生き」という二兎を追う効果を狙ってたわけだ。今にして思うとなんともさもしい心根だ。
◆ それにそんなに長生きしたいんだっけか? オレよ。(hedge)

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June 12, 2005

痛風物語_12

◆ 痛風発作継続中。
◆ こんどのは長い! 激痛に至ることはないけど、左足親指の付け根が腫れ、しくしくと痛むのが治まらない。4月の中旬にはじまってかれこれ2ヶ月だ。途中よくなったかと思われる時期もあり、しかし飲み会5日連チャンなどやってしまい、すぐ復活。
◆ なにより、革靴を履いての歩行が苦痛を伴う。右足を前に出すときに踏んばる左足は親指の間接が内側に曲がることになり、硬い革が患部をピンポイントで圧迫する。それが2歩毎にくりかえされる。歩くことがものすごいストレスだ。しかししがないサラリーマン&営業マン。革靴での通勤、客先廻りを避けるわけには行かない。
◆ 一発の激痛よりも、こうした小さいけれどジワジワとしたしつこい痛みの方がトラウマとしての効果は大きいのか。酒と運動にすっかりナイーブになってしまった。酒はつきあいもあって時々口にしてしまうが、ここ1週間は断酒状態だ。というかこうなると、酒をまた飲みだしてもいいタイミングとはどんなものなのか、判らなくなってしまっている。運動も同じようなモンで、いちど痛みの軽いときに泳ぎにいって発作がぶり返してから中断している。
◆ 梅雨にも入ったし、このいつもでも治らない発作とあいまって、ウットオシイことこの上ない。おまけに減量宣言のことを思い出してしまった。今月末までに61㎏台になるってヤツだ。いま65.9㎏で〆切まであと18日。運動のできない状況のなか、そんなことが可能なのか? ま、言ったからにはやることしかないんだけど・・

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May 05, 2005

痛風物語_11

◆ 「ボクも痛風なんだよねえ・・」ニコニコとそう言う医師にワタシは、あ、そうですかというような反応しかできなかった。「紺屋の白袴」、いやいや「医者の不養生」そのままやんけ。あらためて医師の姿をながめると、白衣の下には丸くでっぱった腹があり、さもありなんという身体つきをしている。
「でも体質改善に努めていまは数値、落ち着いてます」
ホンマかいな、と思いつつもここはネットでも紹介されている痛風の権威、ましてや医師本人が罹患しているとあっては、真に患者の身になった診療が可能であろう、と自分に言い聞かせる。
「ここは慎重にいきましょう。ご本人が痛風と思いこんでいても、怪我だったりする場合もあるんです」
イヤこれは経験からいってぜったい痛風の発作だから、とも言えず、レントゲンを撮りましょうという医師の言葉に従って、痛む足をひきづりながら奥の部屋へ移動した。
◆ そこには、バリウムを飲んで胃のレントゲン写真を撮影するのに使うような、シーソーみたいに上下するベッドがあった。いま、ベッドは垂直の状態だ。ガラス窓の向こうにこの装置を操縦するためであろう小部屋があり、そこから医師がマイクを通して、背をベッドにつけるよう指示を送ってくる。
「いまからベッドが倒れますからね。脇の柄をしっかりつかんでてください」
たかが片足のレントゲン写真を撮るのに、これは大仰すぎやしないかと思いつつ、ワタシは医師の言うとおりにした。身体を硬くして待つ。けれど何もおこらない。ガラス窓の向こうからなにか物音が聞こえてくる。小部屋を出て、診療室の方へ歩いていく気配がする。しばらくして戻ってきた医師が言った。
「この装置、最近導入したんですけどどうも調子がよくないみたいです。そちらのベッドで撮影しましょう」
それは、よくある何の変哲もない診療ベッドであった。こっちでもレントゲン撮影は可能らしい。ワタシはおとなしく従ってそのベッドに仰向けに横たわった。
◆ しかし、再び何事も起こらない時間が続いた。医師は小部屋と診療室を行き来している様子だ。どれくらいがたった頃であろうか、医師は小部屋ではなくワタシが横臥している部屋に入ってきた。
「どうもレントゲンのフィルムを切らしているようです。撮影は次回にして、今日は採血とお薬の処方をしましょう」
◆ 血液検査の結果を聞きに行ったのはたしか1週間後くらいだったと思う。医師は「すこし悪い」と言った。尿酸値「7」台くらいだったのではなかろうか。この間に、薬のおかげもあってか痛みはすっかり去り、中断していたランニング、水泳などダイエットを開始していた。そのことを医師に告げると、では尿酸を抑える薬の処方はやめ、体質改善に期待しましょう。1ヵ月後にまた血液検査します、と言った。レントゲン撮影のことはすっかり忘れているようであった。1ヵ月後の検査で値ははるかに落ちていた。医師は、素晴らしい! このまま継続できれば何の問題もない、と言った。その後、ワタシは発作が起こったときでも、この医院をたずねることは2度となかった。
◆ つづく(hedge)

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March 04, 2005

痛風物語_10

◆ 名古屋出張からの帰りの土曜日、突如襲った痛風の発作。痛む左足に負担をかけるパソコンを降ろすためと一休みの意味もあって、ワタシはいったん会社に寄ることにした。
◆ 新幹線を降りると、それまでは「座っている」という安静状態で痛むとはいえ「小康」を保っていたのが、立って歩きはじめたとたん左足親指付け根が、今朝、栄を駅に向かって歩いていたときの何倍もに増幅して痛み出した。もはや世間体などどうでもよくなる。左足をひきづり、掴まれるものがあればそれにすがって、ワタシはなんとか地下鉄を乗り継いだ。
◆ 会社には、休日出勤をしている技術者たちが数人いてこちらを胡散臭げに見ている。かまわずワタシは自分の席に座り、我が左足にプレッシャーをかけ続けていたノートパソコンを投げ出すと、デスクのパソコンを立ち上げた。そう、とにかくもこの痛みを何ンとかしてもらいたいと、土曜日の午後でもやっている内科を探すためにネットにアクセスしたわけだ。
◆ で、なんと、当時ワタシの住んでいた地元の近くに、「痛風の権威」のいる病院があり、しかもこの時間も診療していることが判明した。ワタシが勇んでその病院を目指したのは言うまでもない。
◆ 病院の待合室には業界(?)の新聞や雑誌の切り抜きがベタベタと貼ってあった。そのどれもにこの病院の院長が掲載されており、なかには日本人がはじめて入る地域での研究成果が発表されていたりした。病院の建屋そのものは相当の安普請と見えたが、この切り抜きを読むにつけ、院長は「赤ひげ先生」的な人だろうと、いやがうえにも期待は高まり、痛風の痛みもしばし忘れることができるほどである。
◆ いよいよワタシの名が呼ばれた。診察室に入るとくだんの「院長」が椅子に座っていた。
「ウチの病院、どーやって見つけた?」と、いきなりワタシの差し迫った問題とは関係のないことを聞く。
「インターネットで・・」とこたえると、あーあーと言って視線を壁の方に向けた。そこにはノートパソコンが、蓋を閉じたままその上に10冊ほどの業界関連のものと思われる本が積み重ねられている、という光景があった。
「ぼくもパソコン買ったんだけどあんなんなっちゃててねぇ」
◆ ネットを頼りにここまで来たのに、当の病院はそのネットを見る環境もない・・ しばし、理不尽な思いにとりつかれたが、よく考えれば、それと医療技術は別物である。なんといってもここは「痛風の権威」なのだ。期待しようじゃないか。
◆ さて、具体的なの診療に入る。と、院長は言った。「ボクも痛風なんだよねぇ」
◆ つづく(hedge)

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January 30, 2005

痛風物語_9

◆ 我がイケメン医師は60がらみかと思われる「オジイチャン」だけれども、半年ぶりにそのご尊顔をあらためてシゲシゲとながめてみれば、彫りが深くて肌浅黒く、眉は太いしオメメはぱっちり二重であり、髪ゆたかにしてロマンスグレー、近所のババア連中にモテモテという床屋のオネェさん情報にも、うなづけるのであった。
◆ 「どうしました?」
しばしの黙想をうちやぶる医師の問いかけにワタシは「あ、いや・・」などとあわてつつ、かねて持参の11月にやった健康診断結果が記された紙をとりだした。
「実はですね・・」
◆ そうなのである。毎度痛風の発作がでたときだけオットリガタナでこの病院に駆けつける事態を、いかに「怒らない」我が医師が相手とはいえワタシはいささか恥じていた。で、健診結果の尿酸値「10.7」という新記録と「要精密検査」の文字を頼りに、いままさに発作がおきているという事実を伏せて、
「健康診断でこんなこと言われてしまいまして、ちょっと真面目に直そうかと思ってお薬をいただきに・・」
ということにしたのである。
「ウム」医師は紙を手にとって仔細にながめている。「γ‐GTPと中性脂肪もすこし高いようですね」「イヤ、そっちはいいから」という言葉をのみこむ。
「ええ。これから年末年始でお酒の機会も多いモンで」
「まだ呑むんですか?」
お、「怒らない」医師がさすがにちょっと呆れてる?
「では薬を2週間分出しておきます。2週間後にまた来るようにね。それとお酒は控えたほうがいいですね」
「ハ、ハイ」たぶんまた半年くらいは来ねぇだろうなと思いつつワタシは従順に応えた。
◆ かくして「アロシトール」という尿酸値を下げる薬を「院内処方」で得ることができた。これが床屋のオネェさんの言うとおり「20年前と変わらない」モノなのかどうかは判らない。
◆ (それにしても)と降りしきる雪のなか自宅にむかいながらワタシは想起した。(あのときの医者はここのイケメン医師とは対照的だったなあ)名古屋は栄の出張の折におきた痛風発作。あの帰りに立ち寄った高円寺の医院に、ワタシは思いをはせていった。
◆ つづく(hedge)

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January 17, 2005

痛風物語_8

◆ 12月29日、降りしきる雪のなかを、ワタシはいつまでも去らない痛風のいたみを憂慮し、年末年始にわが持病を気にすることなく大いに呑むために、薬をもらいに行きつけの病院へとむかったのであった。病院はこの日の午前中で終わり、正月休みに入るところであった。ワタシが到着したのが11時半、まさに僥倖であった。
◆ この病院に来るのは半年ぶりくらいだ。ふつう痛風というのは、薬をのみつづけることでしかその抑制はできないとされており、定期的に病院に通って薬を処方してもらう必要がある。しかるにワタシは今回のような非常事態にならなければ病院に行かないのである。医師としてはそのような怠慢なワタシを叱りつけて当然であるのだが、我がクリニックの先生は全然怒らないのである。
◆ この件に関してはワタシの行きつけの床屋のオネェさんとも話題にのぼったことがある。いわく、あそこの先生はホントに怒らない。だから患者が甘えてしまう。私(床屋のオネェさん)は小学校からあの病院に通っているが、出てくる薬が20年前とまったく変わらない。全然最新医療の研究というものをしていないのではないか。それでいて怒らない上にけっこうなイケメンだから、近所のおばあちゃんからは絶大な人気がある。そういえば最近薬の処方は医院とは別の薬局ですることになってるけど、あの病院は院内で薬を売ってる。アレはいいのだろうか? 等々我がクリニックをめぐる黒い噂は絶えないのである。
◆ とにもかくにも尿酸を減らす薬を(院内だろうがなんだろうが)売ってもらわなくてはならない。ワタシは半年ぶりにイケメン医師との対面を果たした。
◆ つづく(hedge)

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