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June 25, 2017

みずみち

 『やすらぎの郷』の話を仕向けても、周囲は誰も見てない、というか知らない。まあ平日の昼間、しかもテレ朝が「シルバー向け」とうたってるわけだからムリもないが。けれどワタシはこのドラマがはじまる前に、そのキャストを知ってコーフンしたなあ。主演石坂浩二、で、彼を囲んで元妻浅丘ルリ子と元カノ加賀まりこが大騒ぎするらしい。こりゃ見るよね。脚本が倉本聰だからこそ実現した企画だろう(山田太一脚本、という方が正直見たかったが)。というわけで初回から予約録画してる。
 今週は「国営放送」が出てきていよいよ『勝海舟』の恨みバクハツかというとこで終わってるけど、この手の「仕掛け」はいっぱいあって、昭和40年代以前のドラマは焼却処分されてるとか、高倉健をおちょくってるとか、「やすらぎ体操」とか、ようは倉本聰の怨念が随所にあらわれててこれはもう書ききれない。
 注目したいのは「倉本聰、ボケてんじゃねぇか?」という点で、見てて面白いんだけど、ところどころ異和を感じるんである。最初は石坂浩二が「やすらぎの郷」に行く前日のシーンだった。息子が晩飯に「鰻の出前をとった」と告げると孫娘が「私がつくるから断って」言う。これは、この娘が祖父にたいして特別な愛情を抱いていると解釈する場面だろう。ところが、そのあとこの孫娘は一切登場していない。伏線が(いまのところ)まったく回収されていないのだ。この後も続出。浅丘ルリ子の90万円の借金はどうなった、とか、八千草薫の「茄子揚げ」の効果(1名死亡は確認)は?とか(見てないヒトには何ンのこっちゃ判らんだろうが)。とにかくシナリオが取っ散らかってる。
 けれど、今週野際陽子の台詞にハッとなった(亡くなっても撮った場面は放映するようだ。遺族の理解だろう)。ある無理目な企画を通すことで「水が流れる」ようになる、と言う。初期の頃、もう仕事はしないという石坂浩二(「元」シナリオライター、つまりは倉本聰自身)に浅丘ルリ子が書くべきだ、と告げる。書くことで再び「みずみち」が通る、と言う。
 高倉健に擬せられた藤竜也が「女の顔のしわはみずみちです」と言う。この「みずみち」、おそらくは「水路」と書いてそう読ませたいのだろう。まず聞く言葉ではないから妙に引っ掛かっていた。つまり倉本聰は、一見ハチャメチャなこのドラマにひとつの主題を設定していた。老いてなお「水路」をいかにして通すか。
 施設やすらぎの郷には「La Strada」という副題(?)が付いている。これはイタリア語で「道」を意味するが、映像作品であればこそ、フェリーニの『道』を想起せざるを得ない。ジュリエッタ・マシーナの白痴が老人介護施設の認知症と繋がっているような気もするが、ワタシは原語の「道」の意を倉本聰は採ったのだろうと思う。もちろんフェリーニ作品も混ぜているが。
 構造上、このドラマは石坂浩二が再びシナリオを書きはじめることで終わるだろう。あるいは、書き終えた作品が『やすらぎの郷』というタイトルで放映されるシーンか。

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