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December 29, 2013

2013年のおもいで ③ ~ 相馬行きの巻

Img_0353_5 9月5日、仕事で相馬を訪れた。常磐線が寸断しており、仙台廻りの行程だった。
 到着するまでは特になんの感慨もなかった。それが、電車が出発してすぐに車窓に仮設住宅が見え、震えあがった。いま、地震がおき、津波がきたらどうしよう。偉そうな文章を書いていた割には情けない限りである。

Img_0317車中、恐怖はつのり、煙突から煙を吐く工場群も、なにか不吉のメタファーのように感じられるのだった。
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 亘理までずっとそんな調子で、次は代行バスへ乗り換えるのだ。バスを待つあいだに出会った猫に、どこかなぐさめられる。Img_0330_2
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Img_0349 車から、ながれる外の風景を見ているうちにふっと気持ちが軽くなった。緑だ。日本の木々がたたえる緑はどこかちがう。欧州や、アメリカ、東南アジア、オーストラリアなどの林や森を見てきたが、日本のそれは深く、重い。宮崎駿の言う、日本の植物と水のありようは貴重なものだ、というのが初めて理解できた。それはワタシの気分に作用した。だいじょうぶ。どうにかなる。どうなってもいい。すこしずつ、そう思えてきた。

Img_0341 相馬に着く頃にはすっかり心のバランスをとり戻していた。アポにまだ時間があったので、町をあてどなく歩く。想像していたよりすっかりかたずいている。もっともこれより先、原発に近い立ち入り禁止区域では散々な様子だそうだ。閉まっている喫茶店などが目立ったので、訪問した顧客に事情をうかがうと、単に経営努力が足りないからでしょ、と笑った。ワタシなぞよりも彼らのほうがずっとずっと事態を理解し、そして、平静なのだ。


 著者のメールアドレス→hedge@jul.nifty.jp

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December 28, 2013

2013年のおもいで ② ~ 風立ちぬの巻

 お次はやはり『風立ちぬ』を見たことだろう。
 あの文章みたいにいささか浮かれた感想を残しているが、その後も新たな思いが次から次へと溢れてきている。
 その一部を、箇条書きスタイルだが記しておこう。

 ■ やっぱり、ファンタジー(夢のあつかい)
 ■ 日独伊同盟の幸福な転換
 ■ 夢が現実にあふれ出す
 ■ 現実と夢の世界を吹いてゆく「同じ」風
 ■ 死と夢、菜穂子との再会
 ■ 風⇔菜穂子 ラストの夢で風とともにきえる菜穂子
 ■ 夢で終わる。二郎は「死んだ」という解釈。菜穂子との永遠の
   共存
 ■ 風が吹き、止む。風が止むのはどこか不思議な現象
 ■ 飛行機があらわす「科学」、そして時間。対になる夢・風
 ■ やぶれた飛行機が多数あおい空へむかう。→紅の豚といっ
   しょ
 ■ さいしょからさいごまでいきをのませる。まったく「ダレ場」が
   ない。感情の嵐が間だんなくつづき「あきる」ということがな
   い。→“エンターテインメント”
 ■ 宮崎の中の「戦争反対」と戦斗キ好きの「むじゅん(?)」は?
   (戦車も)
 ■ 菜穂子が二郎のめがねをはずし、いっしょのかけぶとんをか
   ける。その所作のリアリティとやさしさ。(このシーンだけで一
   篇の映画である)
 ■ はやぶさ?(スバル?)
 ■ ナウシカ、もののけ姫などとちがってユーモア、笑いがある(妹
   のそんざいとか)

 と、まあまだまだあるが、おそらくこの映画に関しては書き尽くせる、ということがないだろう。どこかで筆をおかねばならぬ。


 著者のメールアドレス→hedge@jul.nifty.jp

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リチェンジ・アップ

本日の更新 : 針鼠活字


 日経新聞の愉しみな連載のひとつ、豊田泰光の「チェンジアップ」が終わってしまった。
 この人は水戸出身のハズだが文章に江戸っ子のようなキレや華があり、話題が何ンであれ、読むことが快感だった。
 とはいえ、やはり稲尾和久のことになると文に熱がはらんでいた。マーくんが稲尾の連勝記録を抜いた今年は、田中に対する記述が愛憎半ばするものだった。バレンティンに向けていっそ70本打て、というようなことを書いていたのも印象深い。
 まだ高畑勲と同い年じゃないか。どこかでそのキレのいい文章が読めることを愉しみにしている。


 著者のメールアドレス→hedge@jul.nifty.jp

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December 08, 2013

2013年のおもいで ① ~ 癲癇発作の巻

本日の更新 : 針鼠活字


 今年の前半はあんまりパッとしなかった。相変わらず食べまくってたし、運動もせず、仕事はテキトー。
 それが、6月に癲癇(てんかん)の発作を起こしてぶっ倒れ、一変した感がある。
 夏の賞与支給日だった。もともとこの梅雨まぢかの湿気が日に日に充ちてくる時期は苦手で、おまけに時折かかる浸潤性の中耳炎で鼓膜のなかに水が溜まっていてひどく不快だった。V・S・ラマチャンドラン『脳のなかの天使』によると、外耳道に冷水を注ぐと脳の前庭系が活性化するという。このことと発作に関係があるのか判らないが、とにかく最悪な体調のなかでの出来事だった。
 記憶がほぼないので想像と、あとから人にきいたことを基に書くのだが、ボーナスの支給の際には一室に集められ、上長からの一言を拝聴する。明細はまだ未開封だったので、その数字を見てショックを受けて・・ ということではないだろうが、ワタシは座っていた椅子から突然ころげおちた。床のうえでよだれを垂らし、痙攣(けいれん)をおこしていたという。
 病院にむかう救急車のなかの光景がかすかに記憶にある。後輩がつきそってくれていた。事情がまったくのみ込めないワタシに後輩がこれまでのことを説明してくれたような・・。
 それからはフラッシュバックのように切れぎれにおもいだす。CTスキャンの装置のなか。医師が容態を説明している様子。いつの間にかゆるめられているベルトやシャツのボタン。後輩から手わたされるジュースのペットボトル。
 ようやく継続した記憶がもどり、後輩の同道で、タクシーで自宅に帰った。それから一週間とちょっと、会社を休んだ。今年は2月にも褒賞休暇で2週間休んでオーストラリアに行ったりしてるから、ずいぶん会社を休んだ年ということになる。家で横になっていると、やはりずいぶんと痙攣・麻痺を起したのか、全身の筋肉痛つらかった。
 この間に地元の大学病院で脳波の検査を受ける。寝不足で来て、検査中眠るようにしてくださいと医師に言われていたが、こんなとき眠れないのがワタシだ。
 それが結果にどう影響したかは判らないが、医師の診断はきわめて曖昧なものだった。30分の検査中2回だけ「それっぽい」波が出ているという。但、発作後に起こした痙攣などの症状は明らかに癲癇に伴うものだし、ここは癲癇だということに「しておきましょう」とのこと。そう診断が下れば、「自立支援医療事業」というものが適用され、保険の3割負担が1割になるという。たしかに癲癇のクスリ(イーケプラ、フェノバール)は高価だ。
 ん? 「癲癇ではない」と診断してくれれば、そもそも通院の必要もないわけで、どっちが得なのかよく判らなくなる。それでもワタシはこの決定を受け入れた。こんなことを書くと散々迷惑をかけた周囲や癲癇に苦しむ患者さんには申し訳ないが、ワタシはどこか愉しんでいた。あのドストエフスキー先輩も癲癇であったのだ。痛風と癲癇の持病というのも、なにやらツブが揃ってる感じがする。
 数週間後にはMRIの検査を受ける。看護士が音のうるさいのをやたら心配していたが、あまり気にならなかった。医師の見立ては「異常なし」。それでもいまやワタシは「自立支援医療受給者証(精神通院医療)」を持つ立派な癲癇患者だ。
 ところで医師の診断で不思議なことを聴かれた。発作の前に「郷愁をいだかなかったか」「焦げ臭いにおいをかがなかったか」というのだ。ワタシにその記憶はないが、これらが典型的な癲癇の発作前の現象なのだとのこと。へえ、えらく詩的である。郷愁に関しては、昨今とんとないが、一時期はものすごいそれに襲われたものだった。たとえば休日の昼間に風呂に入って窓から外の風景を眺めてたりすると、以前ひとり住まいしていた部屋のことが思い出され、その懐かしい感じが狂おしいまでに高まった。
 「焦げ臭いにおい」に関しては思いあたるところがない。だがこれを聴いてしまったあとでは、本当に焦げ臭くても、それを感じると「発作か!?」とびくびくするようになった。
 さて、もうすぐ冬のボーナス支給日だ。はたして2度目の発作は起こるのか。それは明細の数字しだいだろう。

※ 文中にもありますが、癲癇に苦しむ患者さんに配慮の足り
  ない文章だと自覚しております。ワタシ自身いつ再発する
  か判らず、謙虚に居なければと思っております。ただこの
  体験は希少であり、伝える意味があると思いました。今回
  ばかり、ご容赦ください。

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