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March 14, 2010

年越し香港2009-2010 ⑥

本日の更新 : 針鼠活字


Dscn0424 香港滞在も最後の日。部屋でゆっくりすごすことにする。
 朝食のバイキングもこれで食べおさめである。見渡すとあらためて多様な人種がひと所にいることに感心する。この地にきて間もなく気づいたのは「ディズニーランド(&シー)に似ている」ということだ。もちろんワタシは日本のしか知らないからそれと比して、ということだが。
① まず浦安のあそこの遊園地にはこのように外国人が多い
特に中国系と思しき方たちを多く見かける。白人ちらほら。ヒスパニック系じゃっかん、って感じか。もちろん比率はぜんぜんちがうけど、こうしたけっして広くないある領域のなかにいろんな肌の色のヒトがいてあたりまえにすごしてる、ってトコが似てるのだ。
② 各種「ライド」(乗り物)がいっぱいある
香港には「オクトパスカード」というものが売っていて、その足の数に引っかけて8種類(くらい多くの)交通機関に自由に乗降できるというプリペイド式のICカードだ。実際このような代物が便利に使われるくらい香港には乗り物が多い。エアポートエクスプレス、地下鉄MTR、ふつうのバス、二階建てバス、二階建てトラム、ピーク・トラム、フェリー etc etc ・・ ディズニーランドにもこうした移動機関がはりめぐらされているが、面白いのは香港のそれのなかにディズニーのアトラクション的「ライド」があることだ。今回乗れなかったけど、ピーク・トラムの下りは急斜面をけっこうなスピードで走るんでスリルを味わえるらしい。昨夜乗ったオープントップ・バスなんかはまさに「アトラクション」だ。街をふつうに行きかってる二階建てトラムからしてまったり系のライドの雰囲気を放っている。
③ メシが微妙
昨日分で触れた件だけど、こーゆートコも似てますね。
④ 英語がたくさん出てくる
英領だったからあたりまえなんだけど、たとえば地名。「銅鑼灣」にしても案内板には「Causeway Bay」みたいに必ず英語名が記されてる。初日に見た「シンフォニー・オブ・ライツ」なんて、ディズニーのアトラクション名にあってもおかしくないではないか。
⑤ ヴィクトリア湾の存在
これもさんざん言及したが、我々の宿が香港島にあったため度々この湾を渡ることになった。フェリーや、海底トンネルをクルマやMTRをつかって九龍側と行き来した。視界には常にこの湾があり、昼は横切っていく船を楽しみ、夜は対岸のビル郡が放つネオンを映す海面に見入った。これまたディズニー・シーを彷彿させる光景だ。

Dscn0467_2 というわけで、いささかコジツケもあったが香港をディズニーランドに例えてみた。で、唯一ディズニーっぽくなかったのはネイザン・ロードを闊歩する香港人たちの放つ、ワタシを疲労困憊させるほどのエネルギーである。
 帰りの香港(チェクラップコク)国際空港。ハブ機能では日本の空港など足元にも及ぶまい。中国の経済が活況を呈するなか、むかしから中国と海外の玄関口となっている香港はさらに元気なのだろうと思う。本土の人々(の一部)が裕福となって香港に観光旅行をしに訪れる機会が増えているようだ。香港の人たちはそんな中国人をどこかシニカルに見つめている気がする。香港人にとって中国本土は「金づる」なのだ。金儲けのために利用する相手に過ぎない。否定的な意味ではない。香港人のバイタリティをあらわす「事象」の一端なのだ。

 香港という独特の地域が出来あがったのは、中国(正確には当時の清国)人の「弱腰外交」にあった。
 阿片戦争が英国の香港搾取のきっかけとなったが、そもそも阿片戦争はなぜ起こったか? それはイギリスにおける「ティータイム」の流行だというのだ。お茶の葉や飲むための陶器等が中国から英国に大量に入るようになった。そのため英国から見て対清国の輸入超過に陥り、英国は対抗措置として清国に阿片の密輸をはじめた。これを断固退けようとしたのが林則徐という人なのだが、イギリス艦隊が天津沖にあらわれたことに恐れをなした清国は林則徐を更迭してしまう。その後南京条約が結ばれ、香港は割譲された。
 このときの香港人の本土への「恨み」のDNAが、いまだ面々と彼らの血に受け継がれているのでは、というのは邪推だろうか? しかし一方で、英国に占領されたという歴史を持つからこそいまの香港の魅力が備わったともいえる。
 「ザ・ペニンシュラ香港」で、阿片戦争の契機となったアフタヌーンティーを飲むために列をなしてまで待つ。この矛盾こそが香港だ。

Dscn0478 右は成田からのリムジンバスから見えた六本木ヒルズです。正月二日だからさすがに窓の明かりが消えてるビルが多かった。
 と、いうわけで年越し香港、行くまえ思ってた以上に面白かったッス。

(おしまい)

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March 07, 2010

年越し香港2009-2010 ⑤

本日の更新 : 針鼠活字/針鼠銀幕


Dscn0352 さて、明けて元日。「お買い物デー」と決めている。中国のホントの正月は2月半ばの「春節」で、そっちのほうが盛り上がるから、一月一日とはいえ街の商店などは平静に営業しているだろうという読みである。だがここはちょっとだけ心配だった。左の写真、判りにくいけど「香港中央図書館」だ。出発前とあるブログでこの中にあるショップ「A&Pブックセンター」が面白いもん売ってると知ったのだ。昨夜雲呑麺をもとめて迷い歩いた銅鑼灣駅のそばにある。「休息 Closed」と門に貼ってあるのが見えるだろうか? そうなのだ。いかに元日を軽んじてるとはいえ公共機関は一月一日の1日だけは休むのである。

Dscn0353 しかたなく銅鑼灣の中心街へもどる。そのとき目にした光景。中東系と思われる、それもヒジャーブで髪を覆った若い女性ばかりがゴマンとたむろしている。道に敷いたシートに座り込んで何かを口にしてたり、集団でどこか一方に向かっていたり、あるいは商店に長蛇の列をつくっている。これは何ンなのだろうか? 判りようもないのである。この後向かった中環でもけっこう大規模なデモのようなものがあり、拡声器でガナッてる人や練り歩く集団を見たが、彼らが何を訴えようとしているのか、判りようもないのである。香港ではこうした「判りようもない」現象をしばしば見かけた。

 とはいえ我々はまだ銅鑼灣にいる。「A&Pブックセンター」での予定が空いてしまったため時間はまだ早い。なんでも香港では住宅事情から部屋が狭く、若者たちは親と顔を突き合わせている気詰まりから夜は外へ遊びに出てしまいなかなか帰ってこないそうだ(葉さん情報)。その需要に応えるのに香港の商店などは深夜まで営業しており、その分朝の開店時間も遅い。そう、我々が買い物しようと思っても、どこもやってないのだ。

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まじめな日系企業は早くから開いてました。ココで服買って超うれしそうなヨメ。それ、日本でも買えんじゃ・・

 やがて狙ってた商店の開店時間が来た。「G.O.D」。デカくて、評判どおりナカナカオシャレかつスットボケたモンが置いてある。ここでまたお土産の一部を紹介しましょう。
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左) バラ撒き用のなんだかよく判らないもの。「小心」とはよく街の看板とかも見かける字で「Be careful」といった類の意味であると推測される。
中) キーホルダー。幾種類かあったうち緑文字のものをチョイス。緑は風水において「健康」をあらわすのだ。
右) (G.O.Dで買ったものじゃないけど)帰りの空港で見つけた玉と中環の「中藝」にあったカエル(小銭をくわえてる)。

 さて、銅鑼灣からMTRで中環へ移動。ここでは「高山民藝」という店が珍しげなものを売ってるとガイドに載ってた。勇躍、むかうが・・


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休み! 中環(セントラル)といわれるだけあってオフィス街ではあるが、こんな素朴な店はやっててほしいもんだ。スーツケース、ピート・クラムときてどうもいやな予感がしていたが、やはりトラブルはなお我々に(自業自得とはいえ)つき纏っているようである。

 先述の中藝に寄ったりデモ隊に遭遇したりしつつ中環の街を歩く(ヨメはまた地元の店ではない「H&M」に入ってうれしそうに何かもとめていた)。

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中環名物巨大エスカレーター。よく見ていただくと画面奥へずっと続いてるのが判る。

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それに乗ってうれしげなヨメ。いまは上っているがこのエレベーター、朝は10時まで下りなのだ。上のほうに住む人を通勤用に下の駅まで送るためというわけだ。

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ことほどさように中環とは「坂の町」だ。エレベーターの他にも雰囲気のいい階段があってそこにナナメに傾ぐように小さなお土産やさんが建ってたりして、ほのぼのするのである。

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中環の坂道にたたずむオレ。写真マジック、なぜか痩せて見える。香港スターのようではないか。


 今夜、あるオプショナルを予約してるために九龍側へ移動。その前に食事を済ませねば。考えると香港といえば「広東料理」である。北京料理やら飲茶は食しているが、我々はまだ本場の広東料理に触れてもいないではないか。幸い待合せ場所の日航香港に「桃季」という名の広東料理店がある。あんまり有名じゃないみたいだけどとりもなおさずそこへむかう。しかし、まだ開店してなかった。っていうか待ってるとオプションの時間に間に合いそうにない。やむなく近場のレストランを探すと「四川樓菜館」というのが見つかった。名前のとおり広東料理でなく四川料理だが・・ 「地球の歩き方」には「オーソドックスな香港式四川料理の老舗」とある。時間が迫る。ええい、ままよ、と四川樓菜館に入った。

Dscn0372 ここは掘り出し物だったといえるんじゃないか。定番の麻婆豆腐その他をオーダーしたが、どれもワタシの地元で常連となってる中華料理屋と、同等かそれ以上の味を出してる。すっかり安心し、例によってサンミゲルでいい気分になる。
 香港は2008年にはじめてミシュランのガイドが出たが、三ツ星がなんと一軒ということで「グルメの街」としては納得いかないと大騒ぎになったらしい。でもなんとなく判る結果でもある。それは少ないがここ数日の飲食経験と、それと香港が他のミシュラン対象都市とちがって観光地濃度が異常に高く、つまりは地元の食通の評価を気にせずとも「味の解らない」外国人にいっぱい食べてもらえばいい、という状況が推し量れることによる。ま、個人的な思いですが。

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だから、「ふつうに」美味しく食べられるお店にあたればほっとするんである。デザートのスイカ入り杏仁豆腐もうまかったです。


Dscn0377 さて、今夜のオプショナル・ツアー、それは「オープントップ・バス」だ! これは、よく香港の街角で見かける二階建てバス、あの、二階部分の屋根を取っ払ったものだ。いわばバス版オープンカーだ。これに乗って街中を走ると、香港名物・道路の真ん中まで突き出した看板が、アタマのすぐ上をびゃンびゃン通り過ぎるという仕掛け。おもしろそー。

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最後尾に座った。こんな感じになります。

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後続の車両の方たち。

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出発! うおおォ~ スゲェ~~!

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看板が・・ カンバンが・・ 頭スレスレに通り抜けてく。アブねぇーー!

Dscn0386 ところでガイドの人が最前列にいていろいろ観光案内をしてくれるのだが、その日本語がどうもよく聴きとれない。風の吹く屋外で、拡声器でしゃべるもんだから音が割れちゃってというのもあるんだけど、その解説がとにかく一所懸命で、でもなに言ってんだか解んないという状況が妙におかしい。

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ヨメなど、笑いが止まらなくなり、腹痛を訴えるほどである。

 一廻りしたあとは女人街あたりでバスを降り、自由時間の観光である。
 女人街に行ってみたが昨日の男人街同様シロートには歯が立ちそうにない雰囲気だ。一本横の「西洋菜南街」に入るとこっちはおだやかに楽しげな雰囲気。大道芸の人などもいる。しばし闊歩。

Bohshi1_2 ヨメが一軒の帽子屋にハマッた。「韓国製」を売りにするある帽子が妙に気に入ったらしい。かぶって鏡をのぞいていると店の親父が「似合う、かわいい」みたいなことを日本語で言う。ヨメがさっそく値引き交渉に入った。
 彼女は値切りにかけてはとてつもない粘りを発揮する。以前、ベトナムに行ったときもたかがコースターを値引き交渉するのにやたら時間をかけ、店中の従業員が彼女の周りに集まってきて、「これが限界」みたいな「説得」をされてた。そのときのベトナム従業員のヨメを見る呆れ顔がいまでも写真に残っている。
 とにかく、何がしかの満足する値段になったのだろう、ヨメはその帽子を購入し、うれしげにかぶった。帰国後、たった一回の洗濯で帽子のてっぺんに穴が空くとも知らずに。

 さらにこの通りを巡る。

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数少ない本屋さん。広東語版(?)『1Q84』。

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ヒマそうなおまわりさんたち。

Dscn0421 さて、香港での元旦もそろそろ暮れようとしている。写真の右のおじさんは頭にワンコをのっけてる大道芸の人だ。彼なりの人をひきつける戦略であろう。
 それにしても(あたりまえだが)まったく「お正月」という気がしない。こんな風に2010年を迎えてしまっていいのだろうか。何か例年とはちがう年になってしまうのではないか。ま、それもよかろう。イヤ、それを期待すべきだな。
 明日はもう日本に帰る日だ。

(つづく)

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