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『朝鮮童謡選』 金素雲

井戸のまわりでお茶碗欠いたの誰? [2007/11/15]

 ここで紹介されている詞はみな、朝鮮の大衆のなかから自然発生的にあらわれ、口伝てに継承されてきたものだろう。つまり確たる「作者」というものは存在せず、ゆえに文芸的完成度は低い。同じ理由でその内容には、ヒトの欲・恨み・嫉妬・からかう気持・残酷さが直裁に表現されていて、全体を通して読むと不条理な世界を垣間見た、という印象になる。
 けれど童謡とは本来そういうものではないか。子供は、まだ理性のフィルターがかかっていない分残酷な表現を外に出してしまう。その子供のための(もしくは子供のなかから生まれてきた)謡なのだから、本書の姿が正しいのだ。

 「童謡」って何ンだったっけ? と、このシュールな世界に浸かっていたら、その定義が己のなかでボンヤリしてきてしまった。そこで我が国の童謡を眺め渡してみることにする。ネットに「後世に残したい日本の童謡ランキング」なるサイトがあった。

  1位:赤とんぼ
  2位:雪
  3位:さくら
  4位:海(松原遠く・・)
  5位:シャボン玉

 1位と5位以外は「作者不詳」だ。それにしてはみなキッチリカッチリしたいい詞ではないか。ま、ベストに挙げられるほどだから当然ともいえるが、『朝鮮童謡選』のごとき不条理なものはないのか、さらにランクを追っていくと15位に「げんこつ山のたぬきさん」があった。

  げんこつ山の/たぬきさん/おっぱいのんで/ねんねして/
  だっこして/おんぶしてまたあした

 ちょっと意味不明だし、本書のノリに近い。やはり動物モノは強いということか。けれど残酷さにおいては、まったく足元にも及ばない。
 26位「ずいずいずっころばし」、28位「かごめかごめ」。これらもかなりシュールだが、ヒトの昏い一面をあらわしているといったものではない。いやむしろその不条理な表現が芸術の域に及んでいるように思えて、私など「かごめかごめ」をカラオケで唄うことが一時かなりブームであった。

  かごめかごめ/籠の中の鳥は/いついつ出やる/夜明けの晩に
  /鶴と亀が滑った/後ろの正面だあれ

 これほどまでの文芸の高みに達していると、単純なヒトの残酷さなどを主題としているのではなく、無意識のありようを、文章の力によって表出することに成功している、といえるのではないか。つまり童謡の領域を踏み外しているのだ。

 総じて、日本の童謡は、整いすぎている。洗練されすぎていて、朝鮮のそれのように、子供の真の姿を謡ったものではなくなっている。むしろ「文学」としての質を高めていく方向に進んできたようだ。
 それが、両国の文化的背景の違いに起因するものなのかどうかは判らないし、どちらがいい、と優劣を決める類のものでもないだろう。ただ、アジアの片隅において、童謡というものが、このようにしてある、ということだ。

 『朝鮮童謡選』には時折文章としてキラリと光るものがあり、驚かされる。たとえば「鶯」というタイトルのもの。
  
  髪なと 結うて
  谷向うへ 渡ろ。

 これなど俳句の世界ではないか。「童謡俳句」なるものを創出すればこのような形になるか。

  うぐいすや 初髪結いて 谷渡ろ

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