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『記憶汚染』 林譲治

SFとホームレス [2003/12/31]

 本作の大きな主題は「アイデンティティ」ということだろう。「アイデンティティの喪失」というといかにも古臭い小説のテーマという感じがするけど、今やそんなことは簡単で、住民基本台帳の自分の登録ナンバーを示せばいくらでも自己の存在を証明できる。「喪失」せずにすむ。ということは、番号が認識されなければどんな立派な仕事を成している人でも「アイデンティティの喪失」をしてしまうことになる。
 ・・っていうか。こんな風にまじめに論じていくのがバカらしくなる、この小説は。すべては、登場人物の2人がホームレスになるシーンのせいだ。まずはその唐突さに呆然とさせられた。小さいとはいえひとつの企業の社長と大学の助教授がホームレスになっていく。しかもこの劇的なはずの状況の説明が妙に淡白なところが驚きに輪をかける。それまでがわりと書き込む文体なので、この段の描写が浮きまくる。ホームレスになってからも突っ込みどころ満載で、他人から奪って喰うのがなぜ「寿司」? いかにホームレスとはいえ元大学助教授が「その荷物を置いていきな!」みたいなハスッパな言葉を使うようになってしまうだろうか? 等等。
 まあ、判るんだけどね。地位のある人間が、たかがワーコンとかいう「身分証明書」を失ったただけで、「アイデンティティの喪失」にみまわれるむなしさ、とか、ホームレスに向けられる「異質なものを見る目」にあらわされるような階級間での価値共有の不可能性、であるとかを表現したいんであろう。でもダメ。ここまで浮きまくった、ズレまくった表現をされたんじゃ、「こいつ天然?」みたいな感じでむしろ可笑しくなっちゃって、まじめな考察などやってらんない。
 いや、この部分を読んで、「そういう奴かも」という視線であらためて全体を見ると、この小説、けっこうワヤクチャだということが判るだろう。最初はハードSF風にはじまる。次に登場人物に探偵のようなことをさせ、無理やりハードボイルドのテイストを入れようとしている。途中日本アパッチ族が出てきて、ラストは吸血鬼と人類の戦いだ。
 久しぶりにSFを読んだ。昔は好きで、自分の読書はSFによって拓かれたと今でも思う。「センス・オブ・ワンダー」という感覚もSFで身につけた。このところSFを読むことが少なくなってきて、それは自分の精神的な弱体化が原因かと思ってきたのだが、この林譲治という人がどれだけ売れてるか知らないが、作品の側にもちょっとは責任がある、ということが判った。

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