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『てるてる坊主の照子さん』 なかにし礼

Challenge the Makioka Sisters [2004/08/15]


 今年は『細雪』がマイブームだ。去年はサリンジャーだったけど、あれは世間的にも村上春樹訳の『キャッチャー・・』が出たりしてちょっと流行していたので、ちゃんとした「マイブーム」とはいえない。でも今回は、だれかが「新・現代語訳『細雪』」とかを出版したわけでもないし、4度目の映像化がなされてもいないから、これはれっきとしたマイブームだ。映像化といえば、向田邦子の『阿修羅のごとく』の映画版が公開されたのって今年だっけ? 『細雪』ブームの渦中にある身としては、「四姉妹モノ」という共通点だけで、この原作のシナリオを読んでみた。向田邦子を読むのは初めてだったけど、何ンともひどいことを書くオバハンやと思った。女性どうしの会話がめっちゃキツくて、嫌味なことをバンバン言いよる。男はまるっきり放っておかれる。ま、そのこと自体はそんなにキツくないんだけど、この嫌味な感じを、向田邦子はすっごいムリして出そうとしてんやろなあ、というのがありありと感じられるのがキツかった。あと感覚がえらく古臭い。このドラマの、30年以上も前に書かれた『細雪』の方がよっぽど肌にあう。というわけで、いかに四姉妹モノでも両作には共通点というものはまるでなかった。
 目敏い読者はお気づきと思うが、今回の課題作『てるてる坊主の照子さん』を今年のマイブームたる『細雪』との共通点を以って論じようと、私はしている。『阿修羅のごとく』にもなんかあったらいいなと思ったが、上記のようにみごと撃沈した。そもそも「四姉妹」だけで結びつけようというのがムリで、古くは『若草物語』にみられるように、四姉妹などそこらじゅうに転がっているようだ(けれど『阿修羅』と『照子さん』の縁をひとつ発見した。『照子さん』の夏子が出演するドラマ『七人の孫』は向田邦子がシナリオを書いたものだ。あといしだあゆみは『阿修羅』にも出てる)。
 『細雪』と『てるてる坊主の照子さん』の共通点
 ① 関西が舞台
 ② 四姉妹モノ
 ③ モデルがいる
 ④ モデルのうちの1人のダンナが作者
 なかにし礼は末娘の夫。『細雪』の作者谷崎潤一郎の妻は、作中蒔岡四姉妹の次女にあたる幸子(現実には松子)。どちらもヨメの姉妹と家族に取材したわけだ。入れ物と手法がまったく同じで、これはもうなかにし礼が、現代版『細雪』を描こうとしたのはたしかだろう。ではその意義とはなにか? 『照子さん』の主題は、これはもう簡単だ。冒頭にそのコトバが引用されている。「進化」ということだ。もっといえば進化という「たてまえ」があれば、いきかたに迷うことはなく、それは自由に通じる、ということだ。これは『細雪』とは真逆のテーマだ。『細雪』の世界では誰も進化など望まぬ。ただ変わらぬ四季がくりかえされる。たしかに、そこは不自由で、緊張感に満ちている。『照子さん』でそのテーマをもっとも体現しているのは照子で、「進化」への欲求を満たそうとする言動は時に理不尽に思えるほどだ。しかし登場人物たちは奔放にふるまう。なかにし礼のたくらみは、『細雪』のカタチを借りて、より進化した世界を描こうというものだ。
 けれどもそれは上手くいっているだろうか? 物語は、末娘冬子を語り部としてはじまる。途中時間がさかのぼり、両親の出会いのエピソードとなる。ここは客観描写、冬子はまだ生まれていないから当然の処置といえる。しかし時間が戻ると、語り部は冬子だったり客観描写だったりして定まらない。そこには何んらの効果も感じられないことから、この描写視点の不安定さは、方法意識からのものではなく、単なる気まぐれ、もしくはいいかげんさによるものと思われる。物語は終盤にさしかかると、あれよというまに過ぎていく。特に最大の見せ場である夏子の紅白と春子のオリンピック出場に至るまでの展開が、あまりに性急に語られている。この小説は新聞に連載されたから、部分と全体のバランスをとるのが難しかったろうとは想像できるが、こんなところにも方法意識の欠如が見られる。『細雪』は「変わらずくりかえす」「それは重く不自由なことである」「けれどそれが生であり、生の面白いところだ」という主題を、観察者の立場ただひたすらに描かれていて、そのテーマと方法のからみあいが快感をもたらす。両作の差は歴然で、その「現代版」を書こう等というのはおこがましいのである。ここで心配になった。なかにし礼は『照子さん』を著すうえで、とくに『細雪』を意識してはいなかったのではないか。あの傑作に挑むというにはあまりに迂闊な書き方だ。彼を過大評価していたのだろうか。しかしもうひとつ発見した。
 ⑤ 文庫が上・中・下の3巻
 『照子さん』はひじょうに文字の大きい、行間の空いた、パラリとした製本である。1巻本でもぜんぜんいけると思われるのだが、ムリをして三つに分けたように見える。そこまで『細雪』という入れ物にこだわったのか。これはもうやはり『細雪』に挑み、そして失敗したとしか思えない。

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