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『ヒミズ』 古谷 実

誰もヒミズになれない。 [2004/06/30]


 傑作だと思う。ここ5年の、マンガにかぎらず小説・映画といったストーリー物のうち、ベスト5に入る。
 まず時代の流れのなかにある作品だということ。古くは、望月峯太郎の『座敷女』に代表されるような、非お笑い系の、ホラーとはいえないが何かしらの理不尽が登場人物を襲う、名付けようのないジャンル。『SINK』(いがらしみきお)・『キーチ!』(新井英樹)・『ホムンクルス』(山本英夫)・『臥夢螺館』(福山庸治)・『少年少女』(福島聡)。たしかに「その流れ」に属する佳作・傑作が生まれてきている。
 そんな作品群のなかで、『ヒミズ』が特に頭抜けているのは、その圧倒的なリアリティゆえだ。冒頭、いじめっ子に川へ投げ込まれた赤田のマンガ作品を1枚50円で拾ってやった正造は、その金でチョコアイスを食べている。それもハーゲンダッツのような高めのではなく明らかに1本50円のヤツだ(それをそうと判らせる画力もすごい)。そうだ、中学生というのは1本50円のアイスチョコを食べる生物だ。このカットを見たとき、私は作品の中に吸い込まれるような思いがした。これほどのリアリティを生む描写は、なかなかできるものではない。しかもそんなシーンが、このあとゴマンと出てくるのだ。
 それとサイドストーリーがすばらしい。正造と「テル君」の殺人行をはじめそれらエピソードはどれも本編――住田の行状と密接なつながりがあるので「サイド」ストーリーと呼ぶのはどうかとも思われるが、しかし語られ方の密度が本編と同等であり、あたかもひとつの短篇を読むかのごときであって、『ヒミズ』全体を見渡したとき、深い重層性が感じられるものとなっている。特にコンビニ店員野上をめぐるハナシは例によってリアリティ満載で描写され、いちいちイタくて印象深い。

 本書のテーマは、人はいつまでも何者でもなくいられるか、ということだ。「何者でもない」という状態がつまりはリアルなのだが、しかしそのリアルを粉砕する理不尽という名の怪物が、わたしにも、あなたにも、どんな人生にも必ずあらわれる。「オレはモグラのようにひっそりと暮らすんだ」住田は言うが、コンクリートブロックは、なぜか手にとりやすい高さの、杭の上においてあるのだ。

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